地下宮殿のメドゥーサの頭は、順路の最奥(北西の隅)にある2本の柱の台座で、1体は逆さ、1体は横向きに置かれています。いつ・どこから運ばれたかは記録がなく、「視線を封じる魔除け」「高さ合わせの実用」「ただの転用材」の3つの説が並立しています(2026年現在も結論なし)。6世紀の工事で各地の廃墟から集められた336本の柱と同じく、メドゥーサもローマ時代の建物の部材を再利用したものと考えられています。
このページでは、メドゥーサの神話と逆さの理由の諸説、涙の柱(孔雀の目の柱)の伝説、柱の転用の背景、ユスティニアヌス帝の工事、2022年以降の照明とアート演出、『007 ロシアより愛をこめて』『インフェルノ』のロケ地としての見方、写真のコツをまとめます。料金・時間・混雑は 地下宮殿 完全ガイド と 入場料・チケット をご覧ください。
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メドゥーサとは:神話と魔除けの役割
メドゥーサはギリシア神話のゴルゴン三姉妹の一人で、髪が蛇、目を合わせた者を石に変える怪物です。英雄ペルセウスが鏡の盾で姿を映しながら首を落とし、その首は女神アテナの盾(アイギス)に取り付けられました。ここから「メドゥーサの顔は見る者を退ける」という考えが生まれ、ギリシア・ローマ世界では建物の入口、墓、盾、貨幣に魔除け(ゴルゴネイオン)として広く彫られました。
- 古代の意味:悪意ある視線を跳ね返す守護のシンボル。トルコで今も見かける ナザールボンジュウ(青い目) と同じ「邪視除け」の系譜です。
- 地下宮殿の2体:どちらも大理石製、高さ約1m。髪の蛇、翼のような耳飾り、整った顔立ちはローマ帝政期(2〜3世紀頃)の様式で、キリスト教が公認される前の神殿や公共建築の装飾だったと推定されています。
- 設置時期:532年頃の貯水槽建設時に、短すぎた2本の柱の台座として据えられた、というのが通説です。
地下宮殿のメドゥーサはなぜ逆さと横向きなのか:3つの説
| 説 | 内容 | 根拠・弱点 |
|---|---|---|
| 1. 魔除け説 | メドゥーサの視線を床に向けることで、石化の力を封じつつ守護の力は残した | ゴルゴネイオンを逆さに置く例は他にもある。ただし暗い貯水槽の底で誰が見るのか、という疑問 |
| 2. 実用説 | 柱の高さを他と揃えるのに、頭の向きを変えると寸法が合った。見栄えは問題にされなかった | 336本の柱の高さが不揃いで、台座やブロックで調整された例が多いことと一致。研究者の間では最も支持 |
| 3. キリスト教的否定説 | 6世紀のキリスト教の都で、異教の女神像を「ひっくり返して」価値を否定した | アヤソフィアの建材にも異教神殿の柱が使われており、当時は転用が普通だった。象徴的な意図は証明できない |
- 編集部の見方は「実用が主、魔除けの連想が後から加わった」です。6世紀の職人にとって、彫像は便利な大きさの石材でした。
- 2体は同じ建物から来た一対と見られていますが、元の建物は不明です。コンスタンティヌスのフォルム(チェンベルリタシュ付近)説、郊外の神殿説があります。
- 水位が高かった時代(〜2017年)は、逆さの頭が水面から顔を出す姿が「幽霊のよう」と語られ、伝説を育てました。改修後は基部まで見えるため、転用材だと分かりやすくなっています。
涙の柱(孔雀の目の柱)の伝説
入口から左手の中ほどに、表面に涙の形の彫り模様が一面に刻まれた柱が1本あります。トルコ語では「涙の柱(Gözyaşı Sütunu)」、模様から「孔雀の目の柱」とも呼ばれます。
- 伝説:建設中に亡くなった数百人の奴隷と労働者を悼んで涙が刻まれた、と語られます。確証はありませんが、6世紀の大工事で犠牲が出たのは確かでしょう。
- 美術史の見方:この模様は4世紀末のテオドシウス1世のフォルム(現在のベヤズット広場)の凱旋門の柱と同じ「涙模様(鶏の目模様)」で、転用材と考えられています。ベヤズット広場に転がる巨大な柱の断片と見比べると、同じ彫りだと分かります。
- 願い事:模様の穴に親指を入れ、手首を一周させると願いが叶う、という観光客向けの慣習があります。アヤソフィアの「涙の柱(願いの柱)」と混同されがちですが、別の柱です。
- 見方:柱の表面は水で濡れていることが多く、照明が琥珀色のときに模様が最もはっきり見えます。
336本の柱と再利用:なぜ様式がばらばらなのか
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本数・配置 | 336本、12列×28本、柱間約4.8m |
| 高さ | 約9m(台座とブロックで調整) |
| 様式 | コリント式が多数、ドーリア式・無装飾のものが混在。大理石と花崗岩 |
| 出所 | 各地の神殿・公共建築の廃材(スポリア)。産地はマルマラ島、エジプト、小アジアなど |
| 天井 | レンガの交差ヴォールト。上に厚い土と防水層、その上が地上の街 |
6世紀のコンスタンティノープルでは、異教の神殿が閉鎖されて1世紀以上が経ち、良質な大理石の柱が「在庫」として各地に残っていました。新しい柱を切り出すより、既製の柱を船で運ぶほうが早く安かったのです。アヤソフィアの歴史 でも、エフェソスやバールベックから柱が運ばれた伝承があります。地下宮殿の柱が1本ずつ高さも装飾も違うのは、こうした再利用の集まりだからで、メドゥーサの頭はその最も目立つ例にすぎません。
ユスティニアヌス時代の工事:なぜここに、なぜこの規模で
- 532年のニカの乱:ヒッポドロームで始まった暴動で市街の中心部が焼け、アヤソフィアの前身も焼失。ユスティニアヌス帝はこれを機に首都中心部を一気に再建します。地下宮殿もその再建事業の一つです(ヒッポドローム のページで乱の経緯を解説)。
- 場所:焼けた「ストア・バシリカ」(商業と法律の公共建築)の地下。地上の建物名が貯水槽の名になりました。大宮殿とアヤソフィアのすぐ隣で、給水先に近い。
- 水源:北西約20kmのベオグラードの森方面から、ウァレンス水道橋(4世紀)を経て市内へ。地下宮殿は終端の貯水池の一つでした。
- 規模:約138m×65m、9,800㎡、8万トン。包囲戦に備え、宮殿地区の数か月分の水を確保できたと推定されています。
- 工期と人員:記録では7,000人の労働者が従事。アヤソフィア(532〜537年)と並行して進んだと考えられています。
同時代の首都の姿は アヤソフィア完全ガイド とあわせて読むと立体的になります。
2022年以降の照明とアート演出
2017〜2022年の耐震改修で水位を浅くしたことで、床と柱の基部が見えるようになり、照明と現代アートの展示空間として生まれ変わりました。
- 色の変わる照明:数分周期で赤・青・琥珀・白に変化します。メドゥーサの頭は専用のスポットで照らされ、改修前より格段に見やすくなりました。
- 現代アート:水面に浮かぶ手の彫刻、鏡面の球体、光の柱など、トルコ内外の作家の作品が通路沿いに配置されています。常設と企画展示が入れ替わります。
- 通路の延長:以前は中央を一周するだけでしたが、柱の間を縫う順路に延び、柱を近くで見られる箇所が増えました。
- 評価:「暗く静かな貯水槽」を好んだ人には賛否がありますが、初めての方には構造が分かりやすく、写真も撮りやすい空間です。
改修前後の比較表は 完全ガイドの「2022年の改修で変わった点」 にまとめています。
ロケ地としての地下宮殿:007とインフェルノ
| 作品 | 年 | 場面 | 見比べポイント |
|---|---|---|---|
| 『007 ロシアより愛をこめて』 | 1963年 | ボンドが小舟でソ連領事館の地下へ向かう | 当時は水位が高く、舟で移動。現在は通路から同じ柱列を歩いて見られる |
| ダン・ブラウン『インフェルノ』(小説) | 2013年 | 最終局面、「沈んだ宮殿」の描写 | 小説ではコンサートが開かれる設定。実際にもイベント利用あり |
| 映画『インフェルノ』 | 2016年 | ラングドンが地下宮殿で真相に迫る | 一部はスタジオセットだが、柱列とメドゥーサは実景 |
007の時代の「舟で進む地下宮殿」は、1985〜87年の清掃と通路設置で終わりました。小説『インフェルノ』は地下宮殿のほかにアヤソフィアや トプカプ宮殿 も登場し、読んでから訪れると旧市街の地理がつながります。
メドゥーサと柱の写真のコツ
- 三脚・フラッシュは禁止。スマホはナイトモード、カメラはISO1600〜3200・シャッター1/15〜1/30秒を目安に、手すりに肘を固定します。
- メドゥーサは終盤。人が集まるので、順路を2〜3歩進んで振り返ると人の頭が入らない角度になります。逆さの頭は低い位置から、横向きの頭は正面から撮ると表情が出ます。
- 照明の色:青は幻想的、琥珀色は彫刻の質感、赤は雰囲気重視。1周期3〜5分なので、好みの色を待つ余裕を持ってください。
- 柱列:斜め45度から奥行きを出すのが定番。水面の反射を使うなら、スマホを手すりの高さまで下げます。
- 涙の柱:模様が濡れて光る瞬間を狙い、琥珀色の照明で。
- 人を入れないなら夜券(19:30以降)か9時台。詳しい時間帯は 入場料・チケット の行列表を参考に。
イスタンブール全体の撮影スポットと時間帯は 写真撮影スポットガイド にまとめています。
よくある質問
地下宮殿のメドゥーサの頭はなぜ逆さなのですか?+
確定した答えはありません。視線を封じて魔除けの力だけを残した説、柱の高さを揃えるために向きを変えた実用説、異教の像を否定した説の3つが並立しています。研究者の間では実用説が最も支持されており、336本の柱が各地の廃材の再利用であることと整合します。
メドゥーサの頭はどこにありますか?+
順路の最奥、北西の隅にあります。入口から通路に沿って進めば終盤に必ず着きます。2体が並んでおり、1体が逆さ、1体が横向きです。探して逆走する必要はありません。
メドゥーサの頭はいつ、どこから来たものですか?+
ローマ帝政期(2〜3世紀頃)の様式で、異教の神殿か公共建築の装飾だったと推定されますが、元の建物は不明です。532年頃の貯水槽建設時に、柱の台座として据えられたのが通説です。
涙の柱の願い事はどうやるのですか?+
涙模様の穴に親指を入れ、手首を一周させると願いが叶う、という観光客向けの慣習です。アヤソフィア1階の「願いの柱」と混同されやすいですが、別の柱です。模様自体はテオドシウスのフォルムの柱と同じで、転用材と考えられています。
柱が1本ずつ違うのはなぜですか?+
各地の神殿や公共建築の廃材を集めて再利用(スポリア)したためです。コリント式とドーリア式、大理石と花崗岩が混在し、高さも台座やブロックで調整されています。6世紀には新しく切り出すより既製の柱を運ぶほうが早く安価でした。
007のどの場面が地下宮殿ですか?+
『ロシアより愛をこめて』(1963年)で、ボンドが小舟で地下を進みソ連領事館の様子をうかがう場面です。当時は水位が高く舟で移動していましたが、現在は通路から同じ柱列を見られます。
映画『インフェルノ』は本当にここで撮影されましたか?+
はい。2016年の映画版は柱列とメドゥーサの頭を実景で撮影しています。一部の場面はスタジオセットです。小説(2013年)ではアヤソフィアやトプカプ宮殿も舞台になり、読んでから訪れると旧市街の地理がつながります。
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