トルコと日本の関係は、1890年のエルトゥールル号遭難(和歌山県串本町沖、乗員587名が犠牲、69名を地元民が救助)に始まり、1985年のイラン・イラク戦争でトルコ航空が日本人215名をテヘランから救出した「恩返し」で決定的になりました。2024年に外交関係樹立100周年を迎え、2026年の今もトルコの教科書にはエルトゥールル号が載り、「Japon」と名乗ると表情が和らぐ国です。
とはいえ「親日」は万能の魔法ではなく、観光地の客引きが日本語で話しかけてくるのも同じ歴史の延長線上にあります。このページでは、両国関係の年表、トルコ人が日本をどう見ているかの実態、現代の経済・文化のつながり、旅行者が訪ねられるゆかりの地、「親日」を旅でどう受け止めるかをまとめます。
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トルコと日本の関係:年表
| 年 | 出来事 | 意味 |
|---|---|---|
| 1887年 | 小松宮彰仁親王がイスタンブールを訪問、アブデュルハミト2世に謁見 | 皇室とオスマン宮廷の最初の接点 |
| 1890年9月 | オスマン軍艦エルトゥールル号が和歌山県串本町・樫野埼沖で遭難。587名犠牲、69名救助 | 両国民の記憶の原点 |
| 1891年 | 日本海軍の軍艦「比叡」「金剛」が生存者をイスタンブールまで送り届ける | 山田寅次郎が義援金を携え渡土、のちに在留第1号に |
| 1924年 | トルコ共和国(1923年建国)と日本が外交関係を樹立 | 2024年に100周年 |
| 1925年 | 東京にトルコ大使館開設 | — |
| 1985年3月 | イラン・イラク戦争下、トルコ航空機が日本人215名をテヘランから救出 | 「エルトゥールル号の恩返し」として語られる |
| 1990年 | エルトゥールル号遭難100周年。串本町とメルスィン市が姉妹都市に | 5年ごとに追悼式典 |
| 2010年 | 「トルコにおける日本年」、エルトゥールル号120周年 | 日本語学習者が増加 |
| 2015年 | 日土合作映画「海難1890」公開 | 両国で興行 |
| 2023年2月 | トルコ南東部地震。日本の国際緊急援助隊が派遣、民間寄付も | トルコ国内で日本への感謝報道 |
| 2024年 | 外交関係樹立100周年。記念事業・展覧会 | 直行便は週14便以上に |
エルトゥールル号の遭難と救助の詳しい経緯はエルトゥールル号事件と日土関係で、オスマン帝国側の背景はオスマン帝国の歴史で解説しています。
エルトゥールル号事件(1890年)が今も語られる理由
1890年9月16日夜、親善訪問を終えて帰途についたオスマン帝国の木造フリゲート艦エルトゥールル号は、台風で紀伊大島の樫野埼灯台下の岩礁に激突しました。乗員650名超のうち587名が犠牲になり、生存者69名を大島の村人が救助。貧しい漁村が非常用の鶏まで供出して手当てしたという話は、トルコの小学校の教科書に載っています。
- 遭難者はトルコで「殉職者(Şehit)」として扱われ、串本町の慰霊碑には今もトルコの要人が参拝します
- 当時の日本では全国で義援金が集まり、新聞記者だった山田寅次郎がイスタンブールへ届けました。山田はそのまま滞在し、士官学校で日本語を教え、両国の民間交流の祖になりました
- 遭難から135年以上経った2026年現在も、トルコの大統領や閣僚が訪日すると串本町を訪れる慣例が続いています
イスタンブールの海軍博物館(ベシクタシュ)にはエルトゥールル号の模型と遺品が展示されており、日本人旅行者にとって最も身近なゆかりの地です。
1985年テヘラン邦人救出:「恩返し」の実像
1985年3月、イラン・イラク戦争でイラクが「48時間後からイラン上空の航空機を攻撃する」と宣言。日本の航空会社は安全確保を理由に救援機を出せず、テヘランに215名の日本人が取り残されました。期限の1時間15分前、トルコ航空の特別機2便が日本人を乗せてイスタンブールへ脱出。トルコ人在留者500名以上は陸路で帰国しました。
当時の駐日トルコ大使は後に「エルトゥールル号の恩を忘れていない」と語り、この出来事が「トルコは親日国」という日本側の認識を決定づけました。一方で現地の実感としては、トルコ人の多くはテヘラン救出を「知っていても詳しくは知らない」のが正直なところで、日本側ほど大きな記憶にはなっていません。親日の源泉はむしろ、教科書で習うエルトゥールル号と、日本製品・アニメ・技術への信頼です。
現代の経済・文化のつながり
| 分野 | 2026年時点の状況 |
|---|---|
| 貿易 | 日本からは自動車・機械・部品、トルコからはマグロ(養殖)、衣料、食品。日本企業の進出は約250社、トルコ国内に日系工場(自動車・家電) |
| インフラ | ボスポラス海峡の海底トンネル「マルマライ」(2013年開通)は日本の円借款と技術で建設。第2ボスポラス橋(1988年)も日本企業が施工。シノップ原発計画は2018年に日本側が撤退 |
| 観光 | 日本からトルコへの訪問者は年10万人前後(2019年比で回復中)。直行便はターキッシュエアラインズが羽田・成田・関空から週14便以上(日本路線ガイド) |
| ビザ | 日本人は観光90日までビザ不要。トルコ人の訪日は電子ビザ |
| 文化 | アニメ・漫画・寿司の人気、日本語学習者は約3,000人。日本ではトルコドラマが配信で視聴者を増やしています(トルコドラマTOP10) |
| 学術 | 日本のトルコ学、トルコの日本学科(アンカラ大学、エルジエス大学など)。日本語教育はJICA海外協力隊も派遣 |
旅行者の目線では、マルマライに乗ること自体が「日本の技術で海峡を渡る」体験です。アジア側への行き方はイスタンブール・アジア側ガイドを参照してください。
トルコ人は日本をどう見ているか:現地の実感
イスタンブールで10年暮らした編集部の実感を、良い面と注意点に分けて書きます。
- 信頼:「日本製=壊れない」「日本人=正直で勤勉」というイメージは本物で、タクシー運転手から大学教授まで共通しています。2023年の地震で日本の援助隊が報道され、感謝の声が増えました
- 歴史の共有:エルトゥールル号を知らないトルコ人はほぼいません。「Japon」と答えると「Ertuğrul!」と返ってくる確率は体感で3割
- 注意点:親日イメージは商売にも使われます。「日本人は大好きだから特別価格」は旧市街の定型句で、特別価格ではありません。親日と商売は別物として受け止めてください
- 誤解:日本人・中国人・韓国人の区別はつかないことが多く、「Çin(中国)?」と聞かれても悪意はありません。「Japon」と答えれば済みます
旅行者が訪ねられるゆかりの地
| 場所 | 見どころ | 行き方・料金目安 |
|---|---|---|
| 海軍博物館(イスタンブール・ベシクタシュ) | エルトゥールル号の模型、遺品、関連資料 | トラム+徒歩、またはカバタシュから徒歩10分。入場₺200前後(2026年) |
| 日本庭園(アンカラ、イスタンブール・バルタリマン) | 姉妹都市交流で造られた池泉庭園。イスタンブールのバルタリマン日本庭園は無料 | バルタリマンはボスポラス沿い、バスか配車アプリ |
| メルスィン(地中海側) | 串本町と姉妹都市。エルトゥールル号記念の公園と碑 | アダナ空港から車1時間。一般の旅程には入れにくい |
| 串本町(和歌山県) | トルコ記念館、エルトゥールル号遭難慰霊碑、樫野埼灯台 | 日本側で「予習」するならここ |
| マルマライ(イスタンブール) | 日本の技術で建設された海底鉄道。スィルケジ〜ユスキュダル間は4分 | イスタンブールカードで₺30前後 |
海軍博物館はドルマバフチェ宮殿から徒歩圏なので、新市街観光の日に組み込めます。イスタンブール滞在が2日あるなら2日間モデルコースの2日目に差し込むのが自然です。
「親日」を旅でどう受け止めるか
- 素直に受け取ってよい場面:食堂で「Japon?」と聞かれてチャイをおごられる、道を聞いたら一緒に歩いてくれる、子どもに「コンニチハ」と言われる。こうした善意は日常です
- 一線を引く場面:路上で「日本人の友達がいる」「弟の店で日本人割引」と行き先を変えようとする人。善意ではなく営業です(失敗しないための20のこと)
- 話題として持っていくと喜ばれること:「エルトゥールル号を知っている」「海難1890を観た」「マルマライは日本が造ったと聞いた」。会話が一気に深まります
- 避けたい話題:政治(大統領評価)、クルド問題、宗教の是非。親しくなっても公の場では避けるのがトルコの作法です(マナーとエチケット)
親日国であることは、治安や価格が特別になることを意味しません。安全面はトルコの安全・治安ガイドで、親日と関係なく確認しておいてください。
よくある質問
トルコと日本の関係はなぜ良いと言われるのですか?+
1890年のエルトゥールル号遭難で和歌山県串本町の住民が69名を救助したことがトルコの教科書に載っており、1985年にはトルコ航空がテヘランから日本人215名を救出しました。2024年に外交関係樹立100周年を迎え、日本製品や技術への信頼も厚く、民間レベルの好感が続いています。
本当にトルコ人は親日ですか?+
現地の実感としては本当です。「Japon」と名乗ると表情が和らぎ、エルトゥールル号の名前が返ってくることが多いです。ただし観光地では親日イメージが客引きにも使われるので、「日本人だから特別価格」は営業トークと割り切ってください。
エルトゥールル号事件とは何ですか?+
1890年9月、オスマン帝国の軍艦エルトゥールル号が和歌山県串本町沖で台風により遭難し、587名が犠牲になった事件です。地元の村人が69名を救助して手当てし、翌年日本海軍が生存者をイスタンブールまで送り届けました。両国の友好の原点とされています。
1985年のテヘラン救出とはどんな出来事ですか?+
イラン・イラク戦争で、イラクがイラン上空の航空機攻撃を予告した際、日本の救援機が出せない中、トルコ航空の特別機が期限の約1時間前に日本人215名をテヘランから脱出させた出来事です。日本側では「エルトゥールル号の恩返し」として広く知られています。
イスタンブールで日本とのゆかりの場所はありますか?+
ベシクタシュの海軍博物館にエルトゥールル号の模型と遺品があります(入場₺200前後)。ボスポラス沿いのバルタリマン日本庭園は無料。海底鉄道マルマライは日本の円借款と技術で建設され、乗車自体がゆかりの体験です。
日本とトルコの経済的なつながりは?+
日本企業約250社がトルコに進出し、自動車・家電の工場があります。第2ボスポラス橋やマルマライは日本の技術で建設されました。トルコからは養殖マグロや衣料が日本へ輸出され、観光では年10万人前後の日本人がトルコを訪れています。
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